三宮のヨガスタジオ・スンダリの体験談

ヨガ以外にやってみたい運動はエアロビクスとか水泳とかです。
今は田舎に住んでいるのと、時間がないので挑戦できないのですがいずれ挑戦してみたいと思っています。

それで、私はヨガと筋トレを朝の習慣にしています。
ヨガとの出会いは大学生の時で、ファッション雑誌で紹介されていたのを見よう見真似でやってみたのが始まりです。
それからすっかりはまってしまい、モデルのSHIHOが出したDVDを購入して毎日やるようになりました。
そこまでは完全に自分だけでやっていたのですが、3年程前はヨガスタジオにも通うようになりました。
DVDで自分ひとりでやるのとは違って、ポーズを指導してもらえて雰囲気が変わるので気に入っていました。
当時は回数券を買って2週間に一回くらい神戸にあるヨガスタジオ・スンダリに行って、後は毎日自宅でやっていました。
残念ながら引っ越して遠くなったので今はスタジオに入っていません。
今は筋トレも交えてしなやかな身体作りを心がけています。コーチが居ないので自分ひとりでやっていますが今のところ全く問題なくやっています。
以前行っていたヨガスタジオのインストラクターさんはハワイで資格を取得したそうでBGMをハワイの波の音にしてくれたり、雰囲気作りもよくお気に入りのインストラクターでした。
あまりきついポーズはさせなかったのに結構汗をかいて身体が活性化しているなと感じることが出来ましたし何よりも気持ちが良かったのです。
使う道具はヨガマット、ヨガブロックくらいですね。スポーツゼビオで2000円くらいで購入しました。ヨガウェアも一時はこだわっていましたが今は普通のジャージでやっています。
運動した後の瞑想が気持ちよく、欠かせません。私はかなり飽きっぽい正確なので10年近くもヨガを続けられているのは我ながら驚きです。多分自分にあっているのだろうと思います。
なのでほかのスポーツをやってみたいかといわれると、好奇心は旺盛なのでやってみたいと思いますが、ヨガは生涯続けていくことだろうと思います。

今度、行ってみたいと思っているのが、ここです。

ラバ 神戸


神戸にあるマルナカ

私の得意料理はミートスパゲッティです。
家族がいるので毎日御飯は作っているのですが、その中でもとても手の込んだミートスパゲッティが一番おいしいとこどもや主人も言ってくれるので、
いつの間にか自分の得意料理となりました。
最初は、ミートスパゲッティって案外煮込むのにも時間がかかるし玉ねぎを大量に切ったり炒めたりパスタを茹でたりと色々大変なので、中々作ろうと思わなかったのですが、頑張って作ってみたところ、「美味しい!これ本当にお店が出せるレベルだよ!」と何度も言ってくれるので、それを聞くのがうれしくてつい月に二回程作るようになっています。
ミートスパゲッティを作るにはニンジンや玉ねぎ、それに合挽肉が必要なのですが、私はいつも神戸にあるマルナカというスーパーで購入しています。
近くには国道を挟んだところにサザンモールという施設があり、おしゃれなインテリアショップのアクタスや、回転すしのスシロー,ガスト・ペットショップなんかが入っていて、そこもたくさんの人でいつも賑わっています。
車の通りが多く、人も多いところですが、広くて品数も豊富なので私のお気に入りのスーパーです。
それに、いつも同じところに行っているので、どこに何があるかよくわかっているためすぐに必要なものだけパパッと買えるのも楽です。


子供の時のピアノの思い出

子供の時に神戸に住んでいた私はヤマハ音楽教室に通っていました。
最初は電子ピアノでしたが、途中から買ってもらいました。
ヤマハのアップライトピアノですが、型番はわかりません。

この教室には私、妹、弟が通っていました。
2歳の頃から通っているのでレベルは皆無です。親が行かせたかったので兄弟全員通っていました。

 

 

年齢やコースによって違いますが、週1回の個人レッスンと週1回のグループレッスンに通っていた時は月謝が26000円くらいだっと思います。
購入していたものは、レベルが上がるごとに楽譜が必要でした。
あとはコンサートやコンクールに出るたびに個人の衣装やお揃いの衣装を購入していました。

 

何人かの先生に習っていましたが、1番長くお世話になった先生はどんどんやる気を引き出してくれるような人でした。
コンクール前にはレッスン時間とは別に私たちの練習を毎日してくれるような時間を無視して時間をとってくれるような先生でした。
時には家での特訓や泊まりで付き合ってくれることもあり、本当に面倒見の良い方でした。
小さい頃にはグループメンバー全員を家に招いてクッキー作りをするパーティーをしたり、レジャー施設に連れて行ってくれたり、大きくなってからはみんなで食事会をするなどプライベートでもお世話になりました。

 

まだ小学生の時は夕方18-19時が家で練習時間に定められていましたが、大きくなってからはレッスン前に急いで練習したりしていました。
クラシックの曲を弾くのがベースの練習でしたが、ポップス、ジャズなども幅広い曲を練習しました。
宿題は曲を弾くだけではなく、グレードを受けるために初見の練習や音取りの練習、伴奏づけの練習もありました。
作曲をしなければいけない時もあったので作曲が宿題になることもありました。その後はアレンジもしました。
負けず嫌いの性格だったので、コンクール前はライバルよりも抜きん出るためにとにかくずっと弾いていました。
弾く練習としてはゆっくりくところからテンポを5ずつ速さを上げて行ってひたすら弾き続けたり、リズム練習、アレンジ練習を加えて弾きこみました。
大人になってからは市販の楽譜だと物足りなかったので、音取りをして楽譜おこしをするところから行なっていました。

ピアノ教室には2歳-22歳の期間通いました。
ずっと同じように通っていたわけではなく、例えば2歳だと「3歳児ランド」、幼稚園の時は「幼児科」、小学生の時は「専門コース」、中学以降は「シニア」というようにコースごとに分かれていました。
小学生以降はほとんど同じ先生でしたが、それまではコースごとに先生が変わっていました。

腕前ですが、やっていた分は上達しました。
ただ当たり前の環境すぎて音楽大学を勧められすぎて反発して音大には行かなかったのですが、ずっと続けてきた仲間は当然のように進学し、今は音楽講師をしているメンバーが何人もいます。
続けている最中は、音大の子よりも例えば音の聞き分けや、初見など抜きん出る部分はあったので、続けている分だけ力になっていることを感じました。

 

それで、今にして思うのが、この教材を子供の時に学んでおけば良かったということです。

ピアノレッスン 神戸

 


軍手

私のケツポケットから落ちた軍手を憧れの先輩が拾ってくれました。ヘルメットが臭わないか鼻を近づけて嗅いでいたら、振り返ると先輩が立っていて落ちた軍手の片方を差し出してくれたのです。

自分の汗の匂いを確認するためにヘルメットに顔をうずめているところを見られて少し恥ずかしかったです。

ニッコリ微笑み、汗で湿っているはずの薄汚れた軍手を手渡してくれたのです。

とろけそうになりました。

あ、ありがとうございます、
どもりながら、お礼を言いました。
微笑んだまま先輩は立ち去り、自分の仕事に戻りました。

まるで天使のような方です。

その後ろ姿に抱きつきたくなりました。
しませんでしたが。
出来ませんでしたが。

その後、仕事が終わり帰宅すると家の前に工事車両のレッカー車が二台とめてありました。お向かいさんの自宅の工事のためです。

自宅の駐車場にクルマを入れることが出来ず、近くの公民館の駐車場に車を置き、家に入りました。


バカ

世の中には圧倒的にバカが多いものです。身体に悪い食品添加物を口にして休みの日にはパチンコ屋にカネを落とす。

そのカネが最終的に北朝鮮に流れていることを知っているのか、いないのか。ただ口を開けてテレビと新聞の垂れ流すことを鵜呑みにする。正直な話、こんなバカは放っておくしかないと思います、